日本の美徳は外国人にどう映る?「武士道」に学ぶ日本の説明のしかた
このコラムは、教養を実務に活かすことを目指しているため、歴史的な考察は主題としていない点を予め了承ください。
まずはじめに、「武士道ってどんな本か?」をざっくり一言で言うと、日本人の精神性の源泉を武士のあり方に求めた日本文化の解説書です。
この1行を読んで、「なーんだ、武士のメンタリティについて説明した本ね・・」と思われたあなた!!
「そう早まらず、ちょっと待ってくださいー!」
「もっと武士道の奥深さを一緒に味わいませんか〜?」
というのも、この本が出版された当時の国際情勢を理解して読まないと、私たちの実務に活かしきれない本だからです。
今回のトピック一覧
読む前に、ここだけは押さえたい!
武士道は思想書や自己啓発書として扱われることが多いですが、日本人の価値観を外国人のコンテクストで理解してもらうための実務書としても有益です。
自分が当たり前に受け入れていたことがこの本のなかで丁寧に説明されている(=外国人とっては当たり前ではない慣習)として理解できるからです。
グローバル化の良し悪しは、「その時代を生きる人たちの異文化理解・受容・共生に対する感性と努力次第で大きく変わる」ので、出版当時の時代にタイムスリップした気持ちで読むと、今を生きる私たちにさらに大きな気づきを与えてくれます。
まずは新渡戸稲造を知る
ここでは、新渡戸稲造が、どうして武士道のような本を書くことができたのか?をサクッと確認します。
かなりざっくりですが、明治維新前後を生き、日本をベースに世界に活動の場を広げてきた国際人だということがわかります。
- ぎりぎり江戸生まれ
- 武家の教育を受けている
- 現在のように気軽に海外に行けない時代に人生を賭けて海外で学問をする
- 国際連盟の発展に貢献
- キリスト教徒
日本の伝統に基づく教育を基礎に、ダイバーシティが進んだ環境で学問に取り組んだことが、国際人として活躍する土台になっていることも見て取れます。まさに和魂洋才を体現した人だといえます。
次に、武士道が出版された時代(1900)年頃の国際情勢と日本の状況を簡単におさらいしていきます。
今のように、国家間が対等とされている時代ではない
当時は、世界は列強の植民地支配が続いており、日本にとっては、日清戦争と日露戦争の短い戦間期でした。
まず押さえておきたいのは、当時の日本は、国交を結ぶにあたって、国内法が未整備であり、統一政権もなく国家としての意思統一ができていない、半人前の国家という烙印をおされたままだったということです。
これは、江戸時代末期に締結された日米修好通商条約(通称:安政の5か国条約)の締結により、アメリカ・オランダ・イギリス・フランス・ロシアとの間に関税自主権が認められず、治外法権を認めることになったためです。
ただ、これは条約締結当時の日本にとって、最善の策でした。ここで選択を誤れば植民地とされる場面で、徳川幕府の外交力がギリギリ機能した結果、植民地かだけはなんとか免れたという状況だったためです。
日清戦争の勝利で、日本に対する注目度が高まる
武士道の出版は、日米修好通商条約締結後から約40年後です。この間に、日本は半人前とされた理由を次々に克服していきます。
五箇条の御誓文が示され、中央集権国家として明治政府がスタート(1868年)してからから30年強で、これらの大事業を次々に成し遂げていきます。
- 政府機能の確立(明治維新から内閣・議会制度の運用開始)
- 法治国家としての統一法典の制定(大日本帝国憲法およびその他各種法律の整備)
- 国際法の精神に則った外交実績を積み上げる
- 欧米列強に匹敵する国力の育成(殖産興業・富国強兵)
この間に、日清戦争で勝利を収め、日英通商航海条約の締結により、治外法権の撤廃(法権回復)まで、こぎ着けています。
あとは、関税自主権の回復さえできれば、不平等条約の克服(一人前の国家としての地位を確立)できるというところでした。
日本人の死生観や思いやりの持ち方を解説したBUSHIDOの意義
ただ、当時の国際情勢は力と力のぶつかり合いで、一歩間違えれば、植民地化される危険があります。
特に、ロシアの南下の脅威は大きく、この点は、国家存亡に関わる重大事項という意識が、政府中枢では共有されていました。そのため、国際社会のなかで、日本の地位を高めるための外交の重要性は高まる一方でした。
その一方で、キリスト教を基盤とした欧米諸国からすると、成文化された教義によってかたどられていない日本文化はとても理解が難しいものでした。
であるがゆえに、彼らの目には、「丁寧なお辞儀をすると思えば、引責で切腹をする掴みどころがない人たち」と支離滅裂に映りやすい状況でした。
この理解のギャップを埋めるために大きな役割を果たしたのが武士道でした。原題は「BUSHIDO – The Soul of Japan」として出版され、数年の間に7カ国語以上に翻訳・出版されたことがこの事実を物語っています。
時は変われど、日本文化のルーツを伝えるには武士道を一読すべし!
実務に直結するのは、やはり外国人に日本の労働慣行や商慣習を説明する時でしょう。
というのも、法令や裁判例を用いたケーススタディをもとに、日本の労使関係や取引時の留意点の説明しても、「どうしてそれが機能するのか?」という疑問の本質に対する答えにはならないからです。
そこで、「日本社会のルールを説明しても相手に伝わっている気がしない」
そんな壁にぶつかった時に得られる3つの気づきを以下でまとめました。
① 法律論も経営論も、社会システムへの理解なしに機能しない
労使関係で見ると、サービス残業というのは、労基法上NGですが、なぜか無くなりません。商取引でも、営業担当が取引条件を契約書をもとに話し合う慣習が希薄です。
ただ、これは日本人特有の権力への警戒心の薄さ(裁判所や政府への信頼)があって成り立つ慣習です。
つまり、権力に対する警戒心が強い国の人から見ると、「とんでもないリスクを安易に取るのはいかがなものか?」「日本は法律や契約書を軽視した危ない国だ」などと思われかねない行動だったりします。
② どの国も、言葉よりも行動を重んじるわけではない
不言実行を良しとするのは、「たとえ説明がなくても、行動を見れば、相手のことが分かる」という至極真っ当な論理ですし、私もこの考え方を大切にしています(自戒の意味でのほうが大きいですが)。
ただ、この考えには、言語化されていないがゆえの、決定的な弱点があります。美徳に対する暗黙の了解がある場合以外は、全く機能しない点です。
- 苦しい・辛い時に、笑顔で乗り切ろうとする(辛いことに他人を巻き込まないのが礼儀)
- 決意は胸に秘めて、目の前の課題に打ち込む(強い覚悟を不言実行に見出す)
- 自分を下げることで相手に敬意を示す表現(相手への思いやりとしてのへり下り)
行動の意味を察してもらうというアプローチは、ダイバーシティが進むと非常に難儀なテーマになります。そこで、誤解を恐れずに言葉や感情に表し、お互いの違いを認識するのが相互理解のファーストステップとして有効です。
大切なのは、違いを認識した後の行動です。具体的には、「分かり合えるポイントを見つける根気と無理なものは諦める判断力」が重要です。
つまり、「共に活動する目的がはっきりしていれば、価値観を完全一致する必要ない」という逃げ道・ゆるさがバックグラウンドが異なる人が協働するうえで欠かせません。
③ 意思決定が早めるには言葉での合意が重要
さらに、ビジネスの場面で、不言実行的な価値観がマイナスに働くのは、過去志向になりがちで意思決定のスピードを遅らせる点です。
もし予期せぬことが起きる前提で何かに取り組もうとしたら、過去の行動だけを拠り所にして相手の信頼性を測ることはできません。
- 商談の段階で契約条件の話を始めることを嫌がる(契約は儀式であって、実務を規定すると思っていない?)
- 契約の前提条件の変更にも柔軟に対応できる能力を期待している(言われたことをやるだけなのは二流の証?)
- 説明と言い訳の境界線が曖昧(できない理由をつぶせばいいだけなのに、無責任な態度と切り捨てられがち・・)
不確実な未来に立ち向かうには、言葉の力を最大限に活用するのがもっとも効果的です。
というのも、未来への可能性をプレゼンテーションで測り、結果に対する権利義務関係を契約書で定めるというのは、最もシンプルかつリスクヘッジ可能な手続きだからです。
最後に:実務家のひとりごと
ひょんなことからオール外国人という組織の取りまとめをすることになり、約2年半が経ちました。
労使関係から商取引の場面まで、個人主義と交渉文化を持つヨーロッパの人たちと日本企業の間を取り持つなかで、「文化のギャップにどう向き合うか?」は常に中心的テーマです。
ここ数年の外国人社員との折衝のなかで、日本文化の良さは「無償で人を思いやれること」だと、気づかされました。その一方で、衝突を恐れ過ぎて、議論の場で消極的態度を取ることが多く、外国人をミスリードする弱みにもなっています。
では、どうすればいいのか?
処方箋は、新渡戸稲造が示してくれた通り、「相手に合わせるだけではなく、自分たちの価値観のルーツををわかりやすく伝え、誤解のものを丁寧に取り除く」ことに尽きると思います。
というのも、目先の結果にとらわれて、どこかの国のベストプラクティスを直輸入しようとしても、恐ろしいほどにワークしないことも、ここ数年で確認したことです。
やはりいつの時代もチャレンジの本質は変わらないようです。
言うは易しで、あまりのストレスに一人でカラオケボックスに駆け込むこともありますが、大切な心構えとして常に肝に銘じておきたい内容です。
<参考文献>